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2012年05月23日  57歳の誕生日に思うこと [日常(思い出話)]

2012年05月23日  57歳の誕生日に思うこと
5月23日(水)
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木々の青葉が日に日に濃くなり、つつじの花が美しく咲くころ、私は生まれた。

放射線の専門医だった父は戦後混乱期の結核の巡回診療で大量被曝、37歳の母親は当時としては超高齢初産。

生まれる可能性がとても少ない子だった。
実際、母親の最初の妊娠は胞状奇胎で流産だった。

母親はつわりがとてもきつく、何度も母子ともに危うい状態になった。
なんとか男の子が生まれたものの、お乳が飲めず、また命が危なくなった。

父親が腕の良い医者じゃなかった、たぶん母子ともにはかなくなっていたと思う。

子供の頃は身体が弱く、幼稚園(5歳)の病欠は60日。

小学生1年(6歳)のときには麻疹から肺炎を併発し42度の高熱で死にそうになった。
この時も、父が医者じゃなかったら助からなかっただろう。

加えて、歩き始めた1歳の時に縁側からガラス戸を突き破って庭に転がり落ちた。
割れて散乱したガラスの中にうつ伏せに倒れている私を見て、母親は血の気が引いたと言う。

3歳の時には自宅の前の道でオートバイに撥ねられて門の中に飛んできて、叔父の足にぶつからなかったら、庭石に激突するところだった。

9歳の時には自転車で小型トラックの側面に衝突して、自転車がグシャグシャになった。

13歳の時に、友人の家の車庫の屋根から3m下のコンクリートに転落して、頭を打って意識不明で自宅(病院)に運び込まれた(なぜ、救急車が呼ばれなかったのか?)。
後で聞くと、父は「これは駄目か」と思ったとのこと。

どの事故にしろ、ほんの僅か何かが違っていたら死んでいたと思う。

そんな生まれ育ちで、子供時代の私にとって「死」は遠いものではなかった。

よく57歳まで、とりあえず元気で生きてこられたと思う。

最近は、「生きてこられた」というより、性別の移行も含めて、そう「生かされた」のだと思っている。

なぜ「生かされた」かという、「ちゃんと仕事をしろ!」ということなのだと思う。
ちょっと気取った言い方をすれば「天命を果たせ!」ということ。

あと5年、本気で頑張って仕事をしよう。
その後は、またその時だ。

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たくさんの方から、誕生祝いのメッセージをいただき、ありがとうございました。

誕生日の朝、ブログに貼った写真があまりにもブログ主「遠影」なので、本当に57歳の誕生日に撮った「近影」写真を貼っておきます。
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